研究内容

はじめに

材料やデバイスは、文明社会の屋台骨です。真空管によって組み上げられた巨大な計算機は、20世紀半ばにトランジスタの発明により姿を消しました。そして、今や持ち運びのできるコンパクトなパソコンとして私たちの社会を支えています。このように時代を変える材料、物質、科学現象、さらにはデバイスを見出すべく、わたしたちは研究を進めています。研究の対象は、分子性物質(有機物質)と無機物質の融合体および境界界面です。有機物質は、柔らかく、変化や機能に富み、生命現象を司る根本的な物質群です。一方で、無機物質は、硬く、高い特性値を示すため電子デバイスを構築するための主役となっています。私たちは、極端な性質を示す上記二つの物質群を融合することによって、新物質、従来の物性値を超越した物質やデバイス、機能を多様に変化出来るシステムを生み出せると考えています。最近では、分子特有の集積特性にも注目した研究も進めています。例えば、細胞や生き物が示す特徴である、自発性を有する新たなデバイスのコンセプトを生み出すことに挑戦をしています。本研究グループは、化学、材料科学、物理学、量子工学、エレクトロニクス、流体工学、生物物理学など様々な分野をハイブリッドした視点から、新たな科学現象、物質、材料、デバイスを考究しています。

分子境界面形成による二次元半導体の電子機能の変換

2次元無機物質(2D物質、層状物質、原子層物質)は、膜状の結晶構造を有する無機物質群です。単層では、わずか数原子分の厚み(約0.7 nm)しか持ちません。この物質群は、原子の組み合わせによって、半導体から金属まで、様々な物性を示します。近未来の電子材料として注目がなされており、世界中で研究が進められています。 しかしながら、従来の半導体製造技術において利用されてきた、状態の制御手法(例えば、キャリア注入手法)は、この2次元無機物質群への適用が難しいとされています。従って、新たな手法の開拓が必要です。 私たちは、特異な化学的な視点からアプローチをしています。分子との境界面を作るという、従来の半導体技術とは異なる視点です。2次元無機物質の電子状態や機能を変えて、新しいデバイス原理や物性開拓を進めております。

半導体の電子物性や光物性などの機能は、電子の振る舞いその起源を持ちます。従って、半導体内部の電子状態や、電子濃度、寿命の制御は、重要な課題です。トランジスタや発光ダイオードなどの半導体デバイス開拓においても、重要な課題です。これまでに、私たちは、2D半導体と有機分子の境界面の電子状態を調べてきました。たとえば、2D半導体物質であるMoS2へ、分子を接合させると、2D半導体内部の電子濃度を極端なレベルへと変えられることがわかりました。その結果として、半導体的な特性から、金属的な特性へと変換することに成功をしています。この分子技術を応用して、電極との低コンタクト抵抗を実現し、高性能MOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)の開発にも成功をしています。理論的な特性限界値に近い約77mV / decadeのサブスレッショルドスイングを実証しております。また、これらの特性は、半導体の輸送特性の観点からも確認されており、最近では新たな物質層の発現や電子物性を制御する場としても興味深いと考えております。

2D半導体特有の光学特性を引き出す上でも、分子境界面の有効性を見出しつつあります。単層のMoS2において、分子の接合処理を行ったところ、高いフォトルミネッセンス(発光)強度を示すことを確認しております。単層のMoS2膜は、従来約1%程度の量子収率を示すことが知られておりますが、超酸分子処理により、ほぼ100%近くまで改善されることが示唆されました。発光強度としては、数百倍の強度へと上昇します。このように、異種物質である分子の利用によって、2D半導体物質の潜在的な物性を最大限利用できる可能性が、最近見出されております。

参考論文  MOSFET&分子ドーピング

参考論文  発光特性関連

分子の集積自由度がもたらす自発性電子機能の形成

異なる電子状態が隣接した構造ー接合構造ーは、電子デバイスにおける基本骨格です。例えば、p型とn型が隣り合ったpn接合は、半導体デバイスの基礎要素です。私たちは、分子の流動性に起因する自発性を利用して、「自然の仕組み」で接合構造を自発的に形成するシステムの開拓を試みています。周囲の環境に応答して、自発的に、さらには無数の接合界面を「同期的」に生成する、特殊な電子接合システムを生み出せるものと期待をしております。

強い電子ドナー性分子であるバイオロゲン分子の集積膜をある条件下で不安定化すると、徐々に形状を変え、自発的にパターン形成を示すことを見出しました。2D半導体物質であるMoS2やWSe2表面上において、この現象が発現しうることを見出しています。発現するパターンの形状によって、電子濃度の高い領域が時々刻々と変わるため、2D半導体デバイス内部において、電子濃度のムラを無数に作り、時間に合わせて電気特性をチューニングできることが示唆されています。また、電子濃度の濃淡を持つパターンが形成されることで、異なる電子状態の接合構造を自発的に構築しうることが示されています。この現象を利用すれば、自然の摂理に則った、省エネルギーな自発的な過程により、電子接合構造(つまり、電子デバイス要素)を超大量に、同期的に生成できるシステムへと繋がると期待しています。

参考論文

異方的な集積体の形成

新たな物質を生み出すことは、物理および化学現象を発掘する上で、重要と考えております。私たちは、物質を構築するための新たな場として、2D物質の表面や、流体内の流れ場などに注目して、研究を進めています。

2D物質表面において、分子の秩序化された集積体の形成が確認されています。例えば、無機分子AuCl3をMoS2上へと処理をしたところ、一次元異方的な構造を持つ金(Auナノワイヤ)の成長が確認されています。興味深いことに、形成されるAuナノワイヤは、MoS2表面の結晶格子を反映した三角形状(C3対称性)に配向していることが分かりました。Au-S相互作用によって、この異常な異方的成長を引き起こしていると考えています。

流体の流れ場における異方的な組織化についても実証をしています。マイクロ流体工学(流路径~約200 μm)を利用し、細管内の動的な流体中で分子の組織化を試みました。マイクロ流体工学のシステムを基礎として、濃度および組成を任意の時間で制御し、連続かつ動的に試料を流れ場へと導入することが可能です。これまでに、私たちは、分子(脂質様分子)とナノ材料(カーボンナノチューブ、無機ナノワイヤ)において、マイクロ流体中における自己組織化を実証しました。流体の流線方向に合わせて、1次元方向へと集積化できることを見出しています。加えて、(i)コアーシェル二重構造を有するヒモ状の集積構造体の形成や(ii)ナノワイヤの配向方向を流線に対して垂直、水平方向へと制御した、特殊な内部構造を示す新たな集積体の作製にも成功をしています。

参考論文